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古文書から酒造り指南の書状 鞆 '06/3/31

 江戸―明治時代に保命酒醸造で栄えた福山市鞆町の商家「中村家」に伝わる古文書から、福山藩の鞆奉行が酒造りを指南した書状が見つかった。「中村家文書」の解読を進める地元郷土史家らが発見した。福山藩が保命酒醸造を奨励していたことが、初めて記録で裏付けられた。(赤江裕紀)

 見つかったのは、享保年間となる一七二二、二三年に鞆奉行を務めた森戸勝左衛門が、保命酒屋六右衛門にあてた文書。縦十五センチ、幅百五センチの和紙に酒造りへの助言をしたためている。

 当時、醸造していた九種類の保命酒の一つ菊酒を、「備後鞆長命之菊酒」と名付けるように指導。材料を問屋から仕入れた菊でなく、「野菊にすれば苦みが加わり、飲みやすくなる」とする。加賀や大和地方の菊の入った酒を意識し、「製法は秘蔵にするように」とも求めている。

 調査に加わる広島大の青野春水名誉教授によると、当時、保命酒はすでに国内外で人気を集めていた。青野名誉教授は「藩を上げて保命酒を名物として売り出し、税収アップを期待したのではないか」とみる。

 所蔵する市鞆の浦歴史民俗資料館は四月、資料目録を発行する予定で、調査メンバーらが校正作業などを進める。この書状のほか、儒学者の広瀬旭荘から中村家に届いた漢詩、陶芸家の永楽保全の書状など江戸中―末期の文書二百二十点を紹介する。

【写真説明】目録発行に向け、地元郷土史家と書状を解読する青野名誉教授(右)

2006年3月31日中国新聞 インターネット版より 引用